相続税の重圧 焦る大地主が標的に2

地元には、東京、横浜から、新しい住宅を求めてやってくるお客が、多数いた。すでに、横浜、藤沢は住宅地の地価が、一般庶民には手の届きにくい価格まで上がっていたせいもあるが、比較的廉価に良い住宅地が手に入り、東海道線の駅があるH市は人気があった。そんな客を目当てに、建売業者や不動産仲介業者もかなりの数営業していた。おおまかにいうと、仲介業者と建売業者とでは、各々役目が違っている。しかし、はっきり分かれているわけでもない。建売業者は、仲介業者からの紹介を受けて土地を購入する。その土地に売れやすい間取りの家を新築し、売却する。仲介業者は、一般消費者や建売業者、マンション業者等に物件を仲介して手数料をもらう。建売業と仲介業の両方を行う業者もある。横浜等の大都市では、仲介業者は、比較的1階に店舗を開く。建売業者は、建物を建築して売る際、チラシを配布して自分で売るか、仲介業者に頼んで売る。したがって、飛び込みの客を対象にしていないのでビルの2階以上に店を開く場合が多い。建売専業で営業している業者は、客が来る数が圧倒的に少ない上の階のほうが、社員も少なくて済むし、業務の効率も上がる。一方で、仲介業者は、ほとんどが零細で、一般消費者向けの広告費用を負担できないので、飛び込み客が多く入ってくる1階に店舗を出したがるのである。2017年現在の状況は一変している。インターネットが盛んになり、以前みたいに、物件を探すときに不動産業者を1軒1軒回らずに、WEBサイトで目鼻を付けてから、不動産業者と連絡を取る。極端な場合、契約書を交わす日まで1回も店を訪れないこともある。なので、どの業者も1階に店を出す必要がなくなっている。郊外の駅前にはまだ1階の店舗も多くみられるが、いずれ減少していくかもしれない。

大地主の昭子の地元にある建売業者がいた。開業してまだ間もなく、自宅の道路側を事務所にして、職住一致の営業をしていた。屋号は、高橋建設といった。社長一人の本当に零細な業者であった。社長の名は、高橋秀雄という。横浜の高校を卒業して、不動産会社、建売会社を数社勤め、数年前に社長と事務員兼の会社を開いた。H市に開業したのは、生まれ育った地であるからだ。当然のように、結婚してから、住まいを、H市に建てた。秀雄は、横浜の高校を卒業していた関係で横浜に友達も多く、物件情報も集まりやすいので地元H市より横浜で開業を希望したが、すでに横浜には、大手から零細な建売業者までが乱立していて、後発の秀雄には、不利に思えた。そこで、地元H市に落ち着いたのだ。妻との間に二人の娘を設け、妻の母親を合わせて5人暮らしだった。秀雄は、あまり賢いほうではなく、欲しいと思うものは、資金繰りを考えもせず、購入してしまうという癖があった。洋服、レコード、車等、例を挙げればきりがないほどである。そもそも家を購入するのも、まだ会社経営が成功したわけでもないのに、友達たちの手前もあって、いきなり購入してしまったのだ。妻は全く会社経営のことをわからず、家を購入前に、「大丈夫なの?」と聞いたことがあった。その時、秀雄は、何を根拠に言ったのか、「大丈夫だよ。」と答え、妻の心配をスルーさせた。

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