相続税の重圧 焦る大地主が標的に9

20分ほどでH駅前に到着した。途中、取引のことを秀雄に聞き出そうとしていた昭子だったが、秀雄の顔色があまりに悪いので、遠慮して何も聞き出せなかった。車を停めて、これから行く公証人役場があるビルまで1分ほどだったが、秀雄は何もしゃべらなかった。昭子は、やはり秀雄は緊張しているんだなと思った。

公証人役場のあるビルは、7階建てで、4階部分に事務所があった。エレベーターを降りて、すぐ前に403号室があり、ドアガラスのところに、公証人役場と書かれていた。昭子も緊張していたせいか、秀雄の後についていくだけが精いっぱいで、公証人の名前も気づかなかったくらいだ。ドアを開けて入ると、正面の受付に、事務員が寄ってきて、用件を聞いてきた。その事務員の後ろ3メーターほどのところに、こちらを向いて公証人が机の前に座っていた。用件を告げると、事務員は右手にある部屋に通してくれた。ドアを開けると二人の男がすでに着席していた。会議テーブルの上には花瓶の大きさのようなものに、全体を覆うように紫色の風呂敷のような布がかけられてあった。ドアを入って、左側に男二人が座り、テーブルの右側に、奥から昭子、手前に秀雄が着席した。秀雄がまず、男二人を昭子に紹介した。社長と専務らしい。名刺には、藤田商事とあった。紳士風だった。なかなか仕立てのいいスーツを二人はまとっていた。昭子は、井田昭子と申しますと言って一礼した。

秀雄が立場上、進行役だった。

「本日はお忙しい中、また寒い中をお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。本日は、藤田商事様が、総額7500万円、手付金3000万円、残代金決済は来年1月末日ということをご了解くださり、契約をさせていただくことになりました。井田様もそれでよろしいですね。」昭子は黙ってうなづいた。

「なお、本日までに、FAXで契約書と物件説明書(今でいう重要事項説明書)の説明は済んでおります。井田様は売る側ですので、先ほどお話した要点だけご了解いただければ済みますので、契約書の読み合わせは省略させていただきます。では早速、手付金の授受に入らせていただきます。ここに現金で3000万円あります。井田様はお受け取りください。領収書は用意いたしましたので、ここにご署名ください。」この間5分とかからなかった。もうお金をもらうの?と昭子は思ったが話の流れに逆らうわけもなく、領収書に署名をした。秀雄は領収書に判を押すと言って、昭子から実印を預かった。お金の山の向こうで秀雄は印鑑を押していた。その場で、秀雄は頭をもたげて昭子に尋ねた。

「井田様は現金を数えますか?」秀雄が、昭子に聞いてきた。そんなの聞いてないよ、横浜の婿が現金もあるようなことを言っていたが、まさか、本当になるとは思いもしなかった。束を数えるしかないと昭子は思った。

「どうぞご心配なく。銀行の帯封がすべてつけられています。たてに6段よこに5列で合計3000万となっています。ご心配でしたら、束の数と銀行の帯封だけでもご確認ください。」専務が昭子のほうに言ってきた。昭子は、そこまで言うだったら、確かめる必要もないと思った。

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