不動産小説 代理人14

「ご質問はすべて出尽くしたということで、手付金の授受をさせていただきます。よろしいでしょうか?」三人ともうなづいたので、いよいよ佳境に入ることになった。

「まず、売主様から始めさせていただきます。印鑑証明付き委任状と山下様の運転免許証をご提出願います。」すこし、門切口調で話した。緊張のせいだ。

「はいわかりました。」にこにこして山下が応じた。ところが、カバンの中をまさぐるばかりである。委任状はテーブルの上にすでに出してある。まさか、印鑑証明書がないのか?外崎は聞いた。

「山下さんどうしましたか?印鑑証明がないのですか?」まだ一生懸命慌てた様子でカバンをまさぐっている。とうとうあきらめたのか、

「申し訳ない、出がけに確認していたのですが、忘れたか落としたかもしれません。どうしましょうか?」困ったという顔で外崎に助けを求めてきた。

「いわゆる専門家の山下さんですので、にわかには信じられません。落ち着いて、朝からの行動を思い返しましょう。どうぞゆっくり思い出してください。朝からですよ。」外崎は促した。

「昨夜、印鑑証明書を確認して、委任状、運転免許証も一緒にカバンに入れて、それからすぐに寝ました。朝起きて、確認もせず、そのまま出かけました。ないわけがないのです。はてさて。」まったく困った風情を最大限表していた。

「もう降参です。あきらめます。どうするかを協議しましょう。まだ手付金を1円もいただいていないので、明日に延期ということもできますよね。」諦めるのが早すぎるという思いはしたが、外崎はそのほかの選択肢を考えていた。

「ごもっともです。延期はよくある話です。鈴野様がそうでいいということであれば明日に延期することも可能です。その他の選択肢としては、山下様にご自宅に戻られて、例えば、午後2時から再度お会いするとか、私が250万円お預かりし、印鑑証明をお持ちいただいた時点で、250万円渡し、領収書をいただく。という方法もあります。もっともこの場合は、私に対する信頼がマックスでなければ応じにくいと思いますが…。いかがでしょうか?」

「何を言っているのかは理解できますが、それがどういう効果を意味し、なぜそうしたほうがいいのか、いってみれば、契約書を例に例えれば、条文自体は何を言っているのか理解はできます。しかし、なぜそんな文章がそこにあり、なぜそんなことを決めなければならないのか、等消化不良のままなので、どう選択するのか、なぜ印鑑証明が重要なのか、ちっともわかりません。なぜ、印鑑証明書がないと、延期しなければならないのかもわかりません。外崎さんは確かな物件を紹介してくれているわけですよね。何が不安でそう言うのですか。もっと優しく説明をしてください。」実際どの客もこれが本音かもしれないと、外崎は思った。

「説明不足で申し訳ありませんでした。代理人だけしかいらっしゃらないことが一番重要なのです。印鑑証明書がないと。委任状が真正なものかどうかも判断付きません。このままでは、売主に現金が渡らなかったら、山下さんが、誠に言いずらいのですが、どこかへ失踪でもした場合、しかも、地主がそんなこと知らない、とでも言われたら返還されません。私の役目としては、印鑑証明書添付で初めて売主の意思を確認できたことになり、代理人様が失踪しても地主にそれら行為がすべて及ぶということになります。」予想外の展開になり、延期すれば済むと思っていたが、もっと根本的なことに不満があるらしい、と外崎は気づきはじめた。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA