不動産小説 代理人16

「私としては、皆さんに私を信じていただいて、手付金をお預けいただければと思います。と申しますのも、この印鑑証明書を地主のお宅へ取りに行った帰り、後ろを振り向くと、顔見知りの不動産会社の社長が、地主宅へ入るのを見てしまいました。明日に延期ともなると、この契約が成立するか私には自信がありません。ですから、ぜひ手付金をお預けください。すべての責任は私がとります。よろしくお願いします。」ほんとか?と外崎は思った。いい物件というのは、客がダブって付くということを経験上、いやというほど見てきた。そうかも知れないと、まるで、一度傾いた船が、水平に復元するように、危ないと思い始めていた外崎が、それを否定しようとし始めたのだ。しかし、外崎は無言であった。客の鈴野が言った。

「外崎さんは、この山下さんのお話をどう思いますか?正直にお話しください。」外崎はこれ以上無言を貫けなかった。

「はい、民法上、専門家としては、これ以上話を進めることは、できません。しかし、甘いと思われるかもしれませんが、山下さんが失踪しないという前提があれば、ここで、成立することもありかなと思います。あくまでも、鈴野様の意向次第ですが…」ここで、客の鈴野が、やめるとでも言ってもらえないかと外崎は思った。が、すぐに、先ほどあれほど私のミスを鋭く指摘していた鈴野が、あっさり、やめるということは期待できない、自分で万が一の時は責任を負うぐらい言わないとこの場は収まらないのでは、と一瞬のうちに、楽観的な希望を捨てた。

「先ほど申しましたが、専門家である、外崎さんと山下さんが責任を負ってくれるということであれば、手付金をお支払いしたいと思います。」左側に座っている妻の顔を見ながら、外崎に話を進めるよう促した。私と山下の責任付きで…。将棋で言えば、いよいよ詰まってきている。山下の今までの行動から、リスク負担は五分五分だなと外崎は思った。万が一山下が失踪して裁判になっても、こちらの言い分も聞いてくれるかもしれない。よしこうなったら、早く締めに入ろうと外崎は決断した。

「こうなった以上、万が一の時は、私が責任を負わせていただきます。長時間にわたりお疲れ様でした。こちらが山下様からの領収書と運転免許証のコピーになります。今後のスケジュールは、その都度私から連絡させていただきます。よろしくお願いします。」外崎は、やっと終わった、と思った。しかし、安ど感は、今の今、捨てて、明日から残代金決済に向けて作業をしなければならないと、気持ちを切り替えた。

外崎は起きてすぐに、昨日の反省をした。手付金が保全されていれば、何の問題も起きない。今日こそは、土地の登記簿謄本に記載されている住所であり、売買契約書の売主欄に山下が記載した住所でもある、地主の自宅を訪問して、手付金を山下から受け取ったか確認に行ってみようと思い立った。直接切り出すよりは、まずはご挨拶に伺った、というような体で行ってみることにした。駅前商店街まで出かけ、簡単な菓子折りを用意し、タクシーで向かった。20分ほどで到着した。

 

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