不動産小説 代理人1

今年の夏も暑い日が続き、今日は8月11日、外は34度である。夕方も近づいてきたので、そろそろ帰る準備をしようと思った。外崎は事務員を雇わず、一人でかれこれ不動産仲介業を25年ほど、首都圏近郊のM市で営んでいる。私鉄の急行停車駅で、その駅前に店があり、一見客もかなりの頻度で訪れる。しかし、アパート等の賃貸の客は多いが、売買のお客は、知り合いを通じたり、以前仲介させていただいたお客の紹介等で成約することが多く、一見客は、冷やかし客のほうが圧倒的に多い。

突然、帰り支度を終えた外崎が店の入り口へ向かおうとした時、感じの良い30歳代と思える男の人が入ってきた。「あのう、この駅から歩いて10分くらいまでで、住宅を建てたいので、いい土地を紹介していただけないでしょうか?」外崎はその言葉を聞いて、なかなか上顧客だぞ、たとえ冷やかし客でも話だけでも聞く価値はあるぞ、と思った。「どうぞおかけください。そうですか?このあたりがお気に入りですか。」

「はい、勤め先までドアトゥドアで50分程で行けるので、土地勘はありませんが、特急停車駅ですし、街も大きく、何でもそろっているので、ぜひ住んでみたいと思いまして。」いかにも一流企業の社員のような話し方だ。目元がさわやかで、顔は終始にこやかだ。

「そうですか。お目がお高い。私はこの町に生まれてから今日まで、55年間住んでいますが、本当に暮らしやすいと感じています。失礼ですが、ご家族構成を教えていただけますか。」外崎はいかにも聞きづらそうな表情を作って、だけど教えてくれないと、断るよという気持ちで、強めの口調で尋ねた。

「はい、妻と、5歳の長男と、2歳の次男の4人です。」客はすらすらと答えた。

「そうですか、男のお子様お二人で、将来が楽しみですね。もし、お子様の教育についていろいろお考えでしたら、ここは都心に出るのもお近いですし、私立、公立の小、中学校や、有名な高校大学があります。仮に有名な国立の高校大学に合格すれば、学費も安く、ご両親にとって、経済的にも助かりますよ。まあ、これは釈迦に説法ですかね。あはははは…。」外崎は、髪の毛が薄く、まあるい顔を紅潮させて、一気に、しかも、それとわかるお世辞、狙ったお客は逃さないように、といういつもの弁舌をまくしたてた。

「そうなんですよ。将来のことなので、漠然と、そうなればいいな、くらいしか考えていません。しかし、益々ここに住みたくなりました。ぜひいい土地をご紹介ください。」外崎の言葉が妙に心地よく感じた客は、再度お願いをした。

あいにく今は、お客様にぴったりの土地はありません。ですが、ぜひ私に探させてください。きっとぴったりの土地を探します。1か月間だけ、私以外の業者さんのところへ行かないとお約束いただけますか。」外崎は、絶対逃したくない客だと、この時点で強く思った。詳細をまだ何も聞いていないが、長年の勘である。そして、詳細をどのように聞き出すか、思案を巡らした。大手仲介会社は、聞き取り票を必ず用意して、順番に聞いていくが、信用力に劣る零細業者は、まずは自分を信用してもらわなければならない。それには、いきなり客の属性を聞いたりはしない。世間話をする場合が多い。5分ほど世間話をして、恐る恐る、しかし、丁寧な口調で客に尋ねた。

「誠に恐縮でありますが、お客様のご希望により近い物件を探すために、少し細かいことをお尋ねしてよろしいでしょうか?」

「はい、かまいません。しかし、その前に、今、1か月間だけこちらに任せてもらえないかとおっしゃいましたが、そんなに短くて探せるんですか?」図星である。よっぽど運がよくないと、1か月で希望の物件を探すのは無理だ。しかし、零細業者のひがみ根性なのか、法律で決められた3か月間を任せてくれとは言えないのだ。そこで外崎は意を決して言ってみた。

「はい、私もそう思います。ですが、こんなちっぽけな不動産屋に3か月も任せてほしいというのはおこがましいと思いまして、心にもないことを言ってしまいました。仰せの通り、できれば3か月お任せいただければ大変ありがたいことです。」外崎は、断られてもかまわないというつもりで言ってみた。すると、客は、

 

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