不動産小説 代理人20

弁護士は聞き終わると、外崎に言った。

「外崎さんの知りたいことは、自分で責任を取るといったが、全額弁償しなければいけないか、ということですよね。その前に、外崎さんは、印鑑証明書がないので代理人として成立してないと思いながら、責任を負うと言って、手付金授受をさせたのですね。」弁護士は確認をしてきた。外崎は、そうだと言いながらも、唯一の証人である山下が、逃走中である以上、何の証拠もない、裁判になったらどうなるか?と見通しを聞いてみた。

「証拠の件だが、自分でしらを切ってしまえば逃れられると思うかもしれないが、私の考えでは、刑事事件の場合は、証拠がなくても、またそういった事実が本当になくても、宅建業者としての義務違反、つまり、印鑑証明書を添付させるだけでなく、なお、売主本人の意思を確認する義務が、宅建業者には課せられている。だから証拠の有無ではない。外崎さんともあろう人が、そんな基本を怠るとは、よほどの事情があったのでしょう。ここは示談で済ますほうが、仮に私が弁護をしたとしても、数十万円が余計にかかるし、無難だと思うよ。」外崎は、言い訳をしたかったが、この期に及んで言い訳は無駄だと悟った。詰将棋のように詰まらせられて、また、船の復元力よろしく、信じようとした自分が浅はかだったと悟った。裁判沙汰にでもなり、少しでも漏れるなら、信用にも響き、のちのち商売に影響が出ても困ると思った。丁重にお礼を述べて弁護士事務所を辞した。もう決心が固まった。何にも法律を知らなくて引っかかったのではなく、わかっていて、詰めが甘くて詐欺にあった。でもみっともないし、義務違反を犯したのだから仕方がない、と納得がいった。また、弁護士も言っていたが、刑事事件では、真実をすべて話してしまうと、「未必の故意」にもあたるようなことも言われた。故意・過失が刑事事件の成立要因だとすれば、全額弁償しないと、逮捕もありうるのでは、という見解だった。

昨夜は眠れなかった。逮捕もありうるといわれたからだ。民事だけではなかったのだ。ここは早急に、全額弁償せねばと焦った。警察のほうは、鈴野に任せて、早急に示談にしなければならないと思った。しかし、弁償するだけでは後で何か言われるのも嫌だったので、昨日の弁護士に示談書を作成してもらうようお願いした。

大事なのは、全額弁償したということ、刑事告訴はしないということ、山下が逮捕されて現金が戻ったとき、全額自分に渡すこと、これ以上の請求は今後とも一切要求しないこと、をメモ書きして、弁護士事務所へFAXした。

そして、夕方、鈴野の退社時間を見計らって、近くの喫茶店で会うことにした。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA