不動産小説 代理人3

外崎は家に帰り、一通りのルーティーンをこなした後、早めに寝ることにした。寝室の時計は10時を回っていた。しかし、なかなか寝付けない。夕方の客との話の内容が頭の中をぐるぐる回りだしたためだ。媒介契約締結に持っていけなかったことも不安がよぎった。帰り間際に、客には、「本来ならば、ここで媒介契約を結んでいただかなければなりませんが、私も鈴野様のご希望通りに物件を見つけられるかあまり自信もありませんので、物件が見つかったときに締結していただきますので、よろしくお含みおきください」と言っておいた。外崎としては、ぜひ成約にもっていきたいので、正直に話すほうが信頼してくれると思い、言っただけだったが、正直なのはいつもの通りだった。しかし、寝床に入ったとたんに正直すぎて後悔したのだ。

手持ちの物件がないときは、いつも、レインズの登録物件を検索する。しかし、ぴったりの土地は見つからなかった。店の中で、外崎は思案を巡らしていた。売地は多いのだが、ぴったりの土地を見つけるのはなかなか難しい。客は自分で家を建築したいのだから、毎日のように店を訪ねてくる様々な建売業者に物件はないか、と尋ねても仕方ない。巡回して適地があったら、その地主に売らないか交渉してみる手もある。さあ、どうしようかとますます考え込んでいる。

しばらくすると、やはり昨日と同じような時間、太陽が傾き始め幾分暑さが和らぎ始めたころである。

「ごめんください。」外崎は思案中の顔を上げて入り口にいる人物を見上げた。

「やあ、いらっしゃい。ご無沙汰しています。まあ、おかけください。」外崎は、入り口の右手にある応接ソファーを指して言った。不意の客は、ソファーに腰掛けた。二人で、時候のあいさつ、盆休みのこと、ゴルフの話題等一通りの会話を済ませた。外崎は、昨日の案件について話してみた。上客であること、自己資金が少し不足していること、一流企業の社員であること、30坪ほどの土地を探しているが、なかなか見つからないことなどを手早く話した。不意の客は、山下と言って、ちょくちょく店を訪ねてきていた。いつも他愛のない話をし、お茶をふるまって、小一時間ほどで帰る、一種のブローカーである。数年前に、売主を紹介してくれて、外崎がお客をつけてまとまったこともあり、一縷の望みというか、ダメもとで聞いてみたのである。すると、思いがけず、

「ちょうどぴったりの土地があるよ。駅から徒歩12分ほどでね。ちょっと住宅地図を見せてくれる。」外崎は住宅地図を差し出し、山下がその土地を探すのをじっと見つめていた。ブローカーというと、世間だけでなく、不動産業界でもあまり信用する人はいない。しかし、毎日のように、いろいろな不動産屋や親しい地主を訪ね歩き、世間話をしている。各業者もそうしたいのだが、外崎は特に一人で営業をしており、毎日の用事をこなすのが精いっぱいで、世間話をして歩くことは到底不可能である。したがって、居ながらにして、この地域の情報が手に入るので、外崎は山下を重宝していた。

「あった、あった。ここだよ。見てごらん。」外崎はご多分に漏れず老眼なので、手元にとってその場所を確かめた。

「なかなかいい土地ですね。山下さんの所有地ですか?」あえて分かり切った質問をした。

「そんなわけないだろう。ある方から売ってもいい、と言われているんだよ。まあ、だれでも気に入るような土地とは言えないけど、公道に面していて、日当たりは東向きとはいえ、おすすめだよ。」

「売却理由は何ですか?」業者とのやり取りみたいに直截的に聞いてしまった。プロ通しの会話は、このように簡単に話すのが通例だ。

「資金繰りのためだそうだ。」これが本当かどうか怪しいものだ。

「売主はどんな人ですか?」ここは、売主はだれですかと聞いてはいけないのが、業界の暗黙事項だ。どのようなひとですか?はかまわない。

「詳しくはまだ言えないね。話が進んだ頃に言ってもいいけどね。」やはり、そうか。地主の名前を言わないのは当然だが、何の情報も言わないのは、ブローカーの常とう手段だ。調べればすぐわかるけど、ここはじっとしているのが得策だ。通常であれば、登記簿謄本を見せてもらい、売却理由を尋ね、本当に売り物かどうかの証明をしてもらわなければならない。一般的に、売主は媒介契約書を不動産仲介会社と締結し、仲介会社はその日から7日以内にレインズへ登録しなければならない。レインズに登録されているということは、仲介会社(この場合、元付、という)がすべてを調査し、その結果が売却代金となって表れている。ブローカーが介在しているときは、すべてをこちらが調べなくてはならない。

「山下さん、こちらですべてを調査してもかまいませんか?」これも業界の常識である。また、これを許可してくれなければ、ほとんどの業者は、この時点で、物件とはみなさなくなる。

「かまいませんよ。だけど、まだ売り主からは正式に頼まれたわけではないので、地主やその周辺の関係者には絶対に内緒にしてよね。」これも半ば業界の常識である。とにかくも、情報者の顔をつぶしてはいけないのだ。リアルな場合、これを守らなかったときは、こちらのはしごを外されることになる。不動産仲介業は、業界のおきてを守っていかないと、信用をかさ上げすることはできない。信用が少ないと売り上げも少ないというのが業界の通説である。これ以上聞いても無駄である。早々にお引き取り願い、明日からの役所周りの準備を始めた。

 

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