飲み会中華街満珍楼卒業50年目のクラス会

今晩は中華街満珍楼点心舗にて、横浜平沼高校1年時の有志で半年ぶりのクラス会が行われた。クラス会というより高校卒業以来たまに会っていた者同士と、最近加わった2名による7名の小飲み会である。

最近このような小飲み会で感じることがよくある。それは、皆70歳直前の年齢のせいかどうかわからないけど、他人の話を最後まで聞かないことだ。話し手の話が途中だと話し手は当然として、皆わかっているはずなのに、自分の関係することを話そうとする。私も何度かそういう目に合っている。

話を遮られたものは、何故話を続けようとしないで簡単にあきらめてしまうのだろうか。加齢が極端に進むとなぜ人の話を最後まで聞く我慢ができないのだろうか。

他の人はどうかわからないけど、私の場合は、今日は仕事の会議でもないし、自分の話を聞いてもらわなくても、利害に関係するわけでもないので、自己主張する必要もないので、容認しているということかもしれない。それと、年齢的なものだけれど、聞いているときは理解していても、少し時間がたつと、ほとんどのことを忘れているという現実から、最後まで話をする熱意もなくなっている。そして、覚えていてくれないという安心感もsる。また、最後まで人の話を聞けないのは、会っている時間が短いのと、面白くない話、そして長い話は聞けないという風潮も影響している。

したがって、たわいもない話でも、シリアスな話でも、別れた後は皆、ほとんどおぼえていないという