民泊2

2017年10月11日

民泊を始めて半年

半年余り民泊を経営してきた。いいゲストもいたが、正直、腹の立つゲストもいた。客商売だからと割り切っているが、腹の立つゲストを思い出すと、今後経営していくのに臆病になりそうだ。その原因は、中国人、韓国人は、はっきりものをいうが、こちとら68年間日本人をやってきたものとしては、あまり気分はよくない。

8月はほとんど中国人だった。腹が立つと言っても、やはり、直接私に文句を言う人はいない。レヴューに書いてくるのだ。1泊38ドルで提供しているが、一人につき19ドルである。ゲストが帰ると、掛布団カバー、シーツ、枕カバーをクリーニングに出すと一人分で1200円くらいかかる。だから、最低宿泊日数を2泊以上に設定している。それでも、単に部屋を学生に貸すよりは民泊のほうが収入は上がる。日本から見ると1泊38ドルは安いと思うが、外国人からすると高いと思うのだろう。こちらもそれを理解して、ゲストを最大限おもてなししようとは思っている。おおむね、変なゲストはいなかった。ゲストの上下を見るのはよくないと思うが、やはり、中国、韓国でのエリートの人たちは、立派に思う。半年経過して思うことをまとめてみると、

1.当然のことながら、様々な人がいる

2.エリートと思われる人たちは、その他のゲストと少し違って立派

3.欧米人とは文化が全く違うので、まったく腹が立たない

4.意外と収入がいい。1部屋だけで、毎月7~8万円の収入。単純に3部屋あれば24万円。経費はほとんどかからない。いい小遣いになる。

5.どんなに腹が立っても、相手はゲストだと、徹底して思うことが重要

airbnb本部について

なかなかよくできているシステムを開発したと思っている。登録するだけで、極論すれば、世界中から問い合わせや、予約が入る。あとは、チェックインの前日位に、こちらから連絡して、到着時間を尋ねたりする。今は、スマホのナビで、いきなりゲストが我が家のチャイムを鳴らす。2度だけ横浜駅まで迎えに行ったことはあるが、ほとんどはその必要はない。

たまに質問したいことがあっても、すべてメールで行わなければならない。いつも急に知りたいことが発生するので、メールでは間に合わない。しかし、どこを見ても電話番号は記載されていない。104で問い合わせても登録されていない。これは困る。若い人たちはこれに慣れていると思うが、私の年齢では電話で本部のスタッフと直接話がしたい。今はどこでも電話番号はホームページに記載しない。しかし、たいがいは104に問い合わせするとすぐにわかる。

それと、本部からメールで、宿泊獲得数が少ないから、値段を下げたらどうだと言ってくる。クリーニング代と期待売り上げを考えると簡単には値下げできない。確かに少し下げて満室にしたほうが売り上げは上がる。ここが悩むところだ。

行政による規制

2018年から民泊が行政への届け出制になるらしい。避難通路や、避難サインの設置などが盛り込まれるらしい。1室だけの経営なので、そこまで設備投資して、メリットはあるのかと思う。それと客商売はなかなかきついものがある。できればやめたいと思うが、踏ん切りがつかない。小遣い収入の存在は、自分にとって大きいのだ。当初は、英語圏のネイティブの人たちと英語で交流したくて民泊を始めたが、90%以上のゲストがアジア圏の人たちだ。その面で言えば、民泊から撤退したい。

客商売と割り切れば、多少の困難は乗り切れる。撤退すれば小遣いが激減する。こう思えば続行するしかない。小遣いが不要となれば、撤退できる。キーワードは、小遣いの要、不要になっている。

2017 衆議院選挙 

私は典型的な無党派層である。ただし、保守系無党派と言ってもいいかも。先週テレビを見ていたら、ミヤネ屋で各党の公約を一覧表にしていてとても分かりやすかった。

私は、原発廃棄、時代に合った憲法改正を標榜している。もちろん詳しいことはわからない。電気は、多少高くても、不便が起ころうとも受け入れるつもりだ。火力発電は、co2排出で環境に良くないようだ。しかし、使用済み核燃料の危険性とその処理の困難さを考えると、まだ火力発電の方がマシだ。単純に、捨てるところに困るものを使ってはならない。co2排出の問題も、原発がダメとなれば、より技術革新が進む。co2問題もすぐに過去のことになる。原発にも長所はあるだろうが、とにかく捨てるところがないものは使ってはならない。

原発関連の雇用については、政府の責任で、成長産業に移動させるなり、補償金を支給するなり、解決しなければならない。過去にも漁場埋め立てにより漁師さんたちの雇用を奪って、廃業補償金を支給した例を横浜市で知っている。

憲法改正については、戦後70年以上が経ち、周辺環境が激変している。なんと言っても、米国🇺🇸の、あたかも金持ちから転落したような振る舞いのトランプ大統領。米国には頼れなくなってきている今、近い将来、日本からの撤退を視野に入れて、日本防衛の為の体制を整える必要がある。

自民党は、原発廃棄はできない。上の表で希望は、原発廃棄だ。憲法改正も推進だ。保守系の私は、投票に行く場合は、希望に投票する。

しかし、行くか?棄権するか思案中だ。なぜなら、小池都知事の性格は、一国の首相の器かどうか?という疑問があるからだ。また、こういう状況になったことは歓迎する。二大政党制が定着する始まりになったら、いいなと思う。小池代表は、いずれ退陣するはず。そのあと、代表選が行われ、首相にふさわしい政治家が現れることを期待する。そうなのだ。小池代表は、首相にはふさわしくない。

横浜市営バス101系統

101系統起点と終点

根岸駅前行きと保土ヶ谷車庫行き

下の路線図を見ると、実に、横浜市内の主要な場所を走っていることがよくわかる。というより、市内の繁華街を通っていると言ってもよい。南に向かって根岸駅まで走っている。帰りは、北に向かって浅間下から左に折れて西へ向かって、終点は、相鉄線星川駅そばの、保土ヶ谷車庫になる。

101系統 停車順

私は横浜市営バス101系統をしばしば利用する。横浜駅、桜木町、関内、本牧、根岸を通っている。いろいろな会合は、横浜駅周辺、桜木町駅周辺、関内駅周辺のいずれかで開催されることが多い。私だけでなく、他の人もそうに違いない。

101系統はなぜ便利か

横浜駅周辺と言っても広いが、横浜駅西口を利用したい場合は、岡野町で降りる必要がある。駅までは徒歩で5分くらいかかる。以前東急ハンズがバス停のすぐ近くにあったが、今は撤退して、跡地は駐車場になっている。 その周辺には居酒屋等沢山の店がある。岡野町停留所の次は、平沼町一丁目だが、横浜駅東口まで、やはり歩いて5分ほどで行ける。高島町、花咲橋、雪見橋、紅葉坂と続く。MM地区に行くには紅葉橋で下車するのが便利。根岸線の高架下を通過すればすぐにある。私は、高校時代の友達が音楽通りで40年近く喫茶店を開いているので、紅葉坂で下車して、少し歩いてよく行っている。紅葉坂の次が、桜木町駅前である。MM地区に行くのも便利だ。近くには野毛がある。よく高校時代の中の良い連中と、例の音楽通りの喫茶店で集合してから、野毛の街へ繰り出している。

市役所、横浜スタジアム前も停車

桜木町駅前の次は、馬車道である。伊勢佐木商店街へ行くのも、反対側の法務局に行くのも便利だ。尾上町、市庁舎前、横浜スタジアム前を停車した後は、吉浜橋。中華街の西門がすぐ近くにある。横浜中央病院の隣あたりに、ヴィスコンティという、繁盛しているイタリアンレストランがある。この店も高校時代の中の良かった友達が経営している。友達や家族とよく行っている。元町の手前である。元町はめったに行かないが、行くときは、次のバス停の元町で下車する。この先はほとんど行かないが、本牧や三渓園のそばにバス停がある。

民泊

2017.10.8(日)

多数の国からゲスト

今年の3月からAirbnb で民泊を本格的に始めた。6畳一間を提供している。私がホストでお客はゲストという。私はそこに住んでいるので、トイレ、ふろ、洗面所、リビング、ダイニング、玄関はホストとゲストの共用である。大まかな傾向として、おうべいのかっぷるはほすととのきょうようを嫌う。アジア人もそういう傾向にあると思うが、そこは、欧米人ほど気にしないみたいだ。半年経過してようやく慣れてきた。8月はほとんどが中国からのゲストだったが、内訳は、チェコ、フランス、ブラジル、オーストラリア、アメリカ、台湾、中国(上海、香港、四川省ほか)、シンガポール、韓国、フィリピンからゲストを迎えた。

来年から民泊は届け出制

来年から横浜市では、民泊が届け出制となる。いろいろな規制をかけるみたいだ。その負担をしてまで続けるべきか今考え中。もともとは、英語を勉強中なので、民泊を始めれば、英語がネイティブなゲストと、英語を話しながら、かつ交流にもつながると考えて始めた。もちろん、収入にも魅力はあった。また、政府が4000万人の訪日を目指しているというので、とてもホテルが足りないのではと思い、経営することにした。それを、来年から規制するという。既成業界を守るためだけで規制するのだ。詰問すれば、ゲストに万が一があってはならないためだと、行政は言い訳を考えているだろう。したがって、今は、そこまでするなら、協力する必要はないだろう 、と考えている。しかし、結論は来年になってから考えることにする。

意外と収入になる民泊

現在我が家は、1泊38ドルで料金を設定している。2beds なので、一人当たり19ドルである。ドルで設定してあるのは、外国人を対象にしているからである。民泊のweb サイトでも説明は英語で掲載してある。したがって、ゲストは今のところ100%外国人である。8月は、ほぼ中国人で埋まり、最後の週から9月初めにかけてチェコ人がゲストだった。22日ほど稼働して、手取りで8万1千円ほどの収入だった。もし1か月単位で学生に間借りしてもらった場合、おそらく家賃は4万円ほどだろう。それに比べると、約倍の収入である。現在は1組のゲストの世話だけであるが、宿泊前に、ベッドメーキングをし、掃除をして、小物をそろえるだけである。それに、約1時間かかる計算になる。したがって、専業でやればもう6室くらいは経営できる感じである。単純に6倍すると約48万円の収入になる。経費としては、寝具類のクリーニング代、消耗品の購入ぐらいである。Airbnb 本部からは、もう少し安くして、満室を狙うべきとのメールが頻繁に入る。しかし、38ドル以下で料金設定することは、粗利は微々たるものになるので、これ以上下げるつもりはない。

レベルの高いゲスト

今のところ、私にとって変なゲストはいない。周りのものは、よく見ず知らずの人を泊められるね、危なくない?とか、モノを留守中に持って行ってしまうんじゃないの?とか心配するけれど、まだ1回もそんなことはない。予約を受け付ける前に、ゲストのプロフィールや他のホストからのレビューを見れるので、おかしいと思えば受け入れる必要はないので、いいシステムだと思う。入会前にサイトを読んだら、そのために、Airbnb では、多額の保険に入っているということだった。それと、前ゲストが、部屋をきれいに使い、バスタオルは遠慮して90%のゲストが使わない。多分、私がそこに住んでいるからではないのかと思う。完全なプライベートな部屋だったら、ゲストの質はかなり落ちるのではないかと思う。

 

 

 

メルボルン旅行10(おまけ)

2017年10月2日

メルボルン空港で7時間の時間待ち

今回の旅もあと飛行機に乗って日本へ帰るだけになった。深夜0時35分発なので、時間の過ごし方が難しい。昼から、Impact English college を訪問、続いて、オーストラリア留学センターまで徒歩で移動、そこでイタリア人街のことを聞き、また徒歩でイタリア人街を訪問。夕食後サザンクロス駅まで徒歩で向かい、4時過ぎに、スカイバスでメルボルン空港へ向かった。到着したのが、5時過ぎ。聞くと、出発時間の3時間前にならないと航空会社のカウンターがオープンしないと。4時間ほど出国ゲートの外で過ごさなければならなかった。まず喫茶店で、スマホをいじりながら2時間過ごし、あとは空港内をぶらぶらして過ごした。時間になって出国ゲートをくぐり、荷物検査を受け、税関を抜けた。どこでもそうだが、何から何まで、特に金属製の持ち物に注意して、ケースに入れて機械に通した。5月にロス空港でも同じ検査を受けたが、メルボルン空港は、ロス、成田、羽田よりも機械化されていて驚いた。荷物検査以外は、パスポートをスキャンさせるだけだった。税関の人と接触もしなかった。荷物検査以外で話しかけられることはなかった。非常に楽だった。税関を抜けて、まだ3時間近く時間があったので、家族への土産を買うことにして、Tax Freeの土産物屋でしばらく選んだ後、定番のチョコレートとスキンミルクを購入した。

腕時計を紛失

Duty Shop で会計を済ませ、時計を見ようとした時、腕に時計をはめていないのに気が付いた。一瞬パニクッた。まず自分を落ち着かせようと心掛けた。どこで紛失したかを思い出そうとした。答えは簡単だった。外した時を思い出せばよく、それは手荷物検査の時だったのだ。次に去来したのは、面倒くさいからあきらめようかという思いだった。しかし、数年前に購入したとはいえ、正価5万円したものだったし、気にも言っていたのをみすみすあきらめるのかという思いだった。幸いまだ時間が十分あるので、チャレンジしてみることにした。

時計が見つかった!

まず、税関の外にある相談カウンターみたいなところのスタッフに相談した。そこには男性係官3名と女性係官1名がいて、いろいろな人の相談に乗っていた。人が切れたところで、男性係官に言った。先ほど時計を失くしてしまった。探してもらえないか、と。係官は、色、形、タイプを聞いてきた。答えると電話でどこかへ連絡を取ってくれていた。そして私に、少し待っていろ、何らかの連絡があるから、と。そして、若干の問答が始まった。ちょうど英語の練習にいいと思った。

あなたはどこから来たのか? … 日本

日本のどこか?       … 横浜 あなたは横浜を知っているか?

知っている。オーストラリアはどこへ行った? … メルボルンだけです。

メルボルンはどう思う?  … 街がきれい、美しいところがたくさんあるさ           食事がおいしい

飛行機はJALか?     … そうです

どんな感じか?      … もてなしと食事がおいしい

サービスのことか?    … そうです

たわいもない話をしていると、大きな男性が近づいてきた。

あなたが時計を失くしたの?    そうです。

色は?              シルバーです

タイプは?            リングです

文字盤は数字が書いてあるのか?  覚えていないけど、たぶんそうです。

文字盤の色は?          覚えていないけどシルバーじゃないかと。

これか?             うわー!そうです。ありがとうございます。

自分の時計について何にも覚えていないことが判明した。文字盤はローマ数字だった。文字盤の色は白だった。多分日本人だったから答えが間違っていたけども渡してくれたのだと思う。

貴重な体験だった。あきらめないでよかったとつくづく思った。良い印象をもって飛行機に乗ることができた。

JALの機内

0時20分、機内搭乗が始まった。離陸時見渡したら空席は一つもなかった。もっともエコノミーしか見れないけど。幼い子供連れが多かった。日本へ帰省するのだろうか?通路を挟んだ横の席は2歳くらいの女の子だった。その横には5歳くらいの男の子を右に座らせて、3人連れの親子だった。泣き叫んだらいやだなと恐れていたが、まったく杞憂だった。かわいい女の子は持ってきたゲームで一人で遊んでいた。そのあとはずっとすやすやと眠っていた。本当にかわいい子だった。

帰りの食事はまずかった。出発直後は、スナックだけだった。朝食は洋食を選んだが、まったく手を付けれなかった。おなかは空いていたけれど。

それでもほとんど揺れず無事に成田へ到着。食事くらいどうってことはない。

これが最後の海外旅行になるかもしれない。

 

メルボルン旅行9

2017年10月2日

メルボルン最後の日

メルボルン最後の日。チェックアウト11時なので、先にチェックアウトしてから、rococoへ行くことにした。10時過ぎにチェックアウト終了。スーツケースを預かってくれるというので、預けて、直接rococoへ。この日は、正真正銘最後の食事になるので、朝食として一番おいしかったパンケーキを選んだ。

オーストラリア人は日本が好き?

6日間連続で朝夕通ったので、何人もいるスタッフのうち、4~5人ほどの人と顔見知りになった。今日の深夜便で日本へ帰るというと、驚いたことに、全員が、日本のどこへ帰るのかと聞いてきた。横浜だというと、知っているというような返事をするので、横浜を知っているのかと聞くと、皆知っていると答えた。東京の隣にあると説明をしたが、必要はなかった。知っているオーストラリア人から聞いたことがある。自分の職場の人たちはみな日本のことが好きだと。文化、食べ物など、とにかくオーストラリアと真逆だから好きなのではと言っていた。それを裏付けるような出来事だった。

語学学校下見

スーツケースを引き取りにホテルへ戻り、トラムの駅のルナパークへ向かった。

96番トラムに乗り、 サザンクロス駅下車。徒歩2分の、

English college Impact を訪問。

日本人スタッフに説明を聞いた。ほぼネットで見た評判の通りの説明だった。いわば確認に言ったようなもので、それ以上の良い内容は聞けなかった。ただ、寮の写真を見せてくれたので、それはよかった。そもそもなぜ見学に行ったかと言えば、来年あたり、語学留学したいと思っているからだ。60歳代の日本人も大勢来ているらしい。メルボルン港だけで700人の留学生がいるとのこと。日本人は2割以上いるらしい。校内は、相談室以外一切英語以外は話してはいけない規則なので、日本人が多くても、かえって、英語の上達にはいいらしい。なぜなら、すべて英語で話さなければならないからだ。ただし、校外に出れば日本語で話してもいいということなので、日本人と群れないようにしなければならないかもしれない。代理店から申し込んでも、直接English college Impact に申し込んでも代金は同じとのこと。であれば、どうも態度が少しむかつく対応だったので、その足で、代理店大手の、オーストラリア留学センターへ行くことにした。その学校から歩いて15分くらいのところにあった。快く招き入れてくれた。いろいろな学校の特徴を説明してくれ、費用の見積もりをしてくれた。5週間で寮費まで含めると、33万円。そのほかに食事代を見ておけばいいようだ。この代理店は4週間以上留学する人しかあっせんしていないとのこと。仕事の関係上、1か月休むことは難しいかもしれない。チャンスがあればチャレンジしてみたい気もする。

イタリア人街訪問

オーストラリア留学センターの女性スタッフに、rococo レストランとのことを話した。17年メルボルンに住んでいるけど、知らなかった。ぜひ行ってみたいと言っていた。その際、イタリアンが大好きだというと、そこから歩いて、20分くらいのところにイタリア人街があり、イタリアンレストランが軒を連ねている、と教えてくれた。ネットの情報でもぶち当たらなかったので、意外だった。まだ時間もたっぷりあるので、スーツケースを引きずりながらナビ片手に目的地へ向かった。

おいしそうなレストラン、パン屋、ジェラート屋等、やはり軒を連ねていた。広い道路の両側に、道路に沿って、それらの店舗が多数存在していた。一番奥まで1件1件見ていき、しゃれた複合店舗ビルの1階のジェラート屋で休むことにした。1種のフードコートのような空間だった。イタリア人のビルだけになかなかしゃれていて、内装まできれいでおしゃれだった。

疲れていたのか少し居眠りをした。1時間ほど休憩した後、早い夕食をとることにして、レストランを物色して歩いた。ある通りの角に、少し高級そうな店を見つけ、入ることにした。入る前に、ニョッキを食べたいと思っていたので、メニューにあるか尋ねると、メニューを指し示して、こんなにあると答えてくれた。さすがイタリア人街にあるレストランと思った。なぜなら、横浜、東京のイタリアンレストランによく行くが、たいてい、ニョッキの種類は1種類だし、ほとんどのレストランは扱っていない。選んだのは、野菜ソースのニョッキだった。

これは本日のスープ ミレストレーネ 少ししょっぱい感じがしたがおいしかった。この店は、パスタすべて手作りで、通りに面した店の一角で実演製造していた。ニョッキもたくさん作られていた。あいにく、スマホの不具合で、写真を投稿できない。

 

 

 

 

 

メルボルン旅行7

・今日から通常時間

明日帰国

ただの旅行なので、サマータイムが終わっても大事に至ることはないが、もし帰りの飛行機が13時発だったりした場合、10時に起きたら、間に合わないかもしれない。明日の便は深夜便なので、何の影響もないが、腕時計だけは、1時間進めておく必要がある。

朝またまたrococoで食事

昨日10時に朝食をとったが、サマータイム終了もあって、今朝の朝食は11時のブランチになった。これはベネディクト。大変おいしかった。

ベネディクト 大変おいしかった

今日はデザートはパス。明日帰国なのでacland の通りを

歩くことにした。rococo を出て、右へ進んでいくと、すぐに混雑しているケーキ屋さんがあった。すごくおいしそうだったが、甘すぎないか?多すぎないか?と考えて、店に入るのをやめた。3件が並ぶように軒を連ねていた。

 

3件とも実に美味しそうに見えた。中で食べられるようになっていた。rococoで食べ過ぎてしまうので、直後は何も食べたくなくなる。ケーキ屋さんを過ぎると、また混雑している一角があった。代わる代わるにバイクの写真を撮っている。

横で二人のおじさんがその光景を楽しそうに見ている。どうやら友達同士でツーリングをして、行きつけのカフェに来ている模様。Acland street のT字路を左折すると、スーパーマーケットがあった。Coles という。

ここでUターンしてAcland street を戻った。すると、さっきのバイクのところでまだ人だかりがしていた。

語学学校見学

いったんホテルへ戻り、今日の計画を立てた。良い機会なので、留学先を検討していた、Impact English college を見学することにした。場所は、サザンクロス駅徒歩2分とある。96番に乗り、サザンクロス駅からナビ片手に目的地を目指した。日曜日で休みだということに歩きながら気が付いた。一応場所だけ目星をつけておいて、帰国前に、十分時間があるので、明日くればいいと思って探し続けることにした。Park street と King’s Street の交差点にあるらしいのだが、なかなか見つからない。ナビの示すブロックを2~3周したがどこにも看板がない。交差点にあるビルの1階にある喫茶店に入って、休むことにした。カフェラテを飲み終わって、そのスタッフに聞いてみた。このビルの上にあるけど、今日は休みで中へは入れないという。写真だけ撮って、帰ることにした。

CITY CIRCL TRAM に再乗車

きのう途中であきらっめてしまった、35番トラムに乗って、CITY を一周した。35番トラムは無料なので、観光客でごった返していた。日曜だから?車内には、オーストラリア人はゼロだったのではないか?結局1時間ほど乗って、スペンサー通りの文字が見えたところで、下車をした。山手線に乗っているような、ループを走っている。

最後のrococo  での夕食

まず、イチゴセーキ。

次にフォカッチャ

メインは、ファルファーレのパスタ

この3種は、rococo で毎回違うメニューを食べていたが、最後の夕食は、その中で一番おいしかったメニューを食べることにしていた。この結果がこの3種である。

デザートは初めてのチョコパフェみたいなもの。それと紅茶。

 

5日間朝夕毎回通っているので、沢山いる店員さんの中でも、わざわざ話しかけてくる人もいる。今日は、4~5人と話した。rococo は繁盛店なので、いいスタッフを集められるせいか、全員良く働く。月6日間の休みだそう。しかも、イケメン、美女の集団だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

メルボルン旅行8

rococoで最後の朝食

今晩の0:35発JAL773深夜便にてメルボルン空港をあとにする。あっという間に終わったという印象だ。最後の朝食には、パンケーキを選んだ。2度目だが、やはり美味しいかった。

顔なじみになった店員に、お礼を言って別れた。ホテルに戻り、バッグを受け取って96番に乗るためルナパーク停留所へ向かった。

語学学校見学

サザンクロス駅から約2分のところにあるimpact english collegeへ行って話しを聞くことにした。

学校は、William st とpark stの交差点角のビルの4階にある。オレンジと赤の内装が施され、その階に5教室があった。5階にも教室があるが、思っていたより大きくはなかった。横浜にもありそうな規模ではないのか、受付にオーストラリア人の女性が座って仕事をしていた。今日帰国する前に学校見学に来た。いくつかの質問がある、と告げた。いま日本人スタッフに連絡したが不在なので、日本語は話せないが、韓国人スタッフがいるから、座って待っててください、と言われ待っていた。すぐに来てくれ、いろいろな説明を受けた。途中日本人スタッフが戻って来て、変わってくれた。代理店を通しても、通さなくても費用は同じ、年齢は関係ない、個室の学生寮が電車🚆で40分のところにある、ビザが必要だが、3か月以内なら観光ビザで良い、費用は週320ドル、別途寮費、食事代、生活費がかかる。というような説明を受けた。

ついで代理店も訪問<<<
で調べておいたオーストラリア留学センターを時間がかなり余っていたので、予約なしで突撃訪問することにした。ナビ片手に15分ほど歩いてなんとか辿りついた。ビル名も社名も外に書かれていないので探すのに一苦労だ。便りは、ナビのビルの写真だけになる。中にはスタッフが男女各1名いた。お腹ような説明を受けた。印象としては、直接学校とやりとりするよりも、代理店を通して話した方がスムーズにことが始まりそうな感じがした。今後、もし留学するとすれば、費用が同じということだから、代理店を頼ることにする。

メルボルンのイタリア人街< img src=”http://thirdpenguin.com/wp-content/uploads/2017/10/img_0264.jpg” height=”3024″ class=”wp-image-1050″ width=”4032″><<<
ンターの女性スタッフが歩いて15分ほどのところにイタリア人街があると教えてくれた。時間がまだかなり余ったのでゆっくり歩いて行くことにした。今回は留学センターでもらった地図片手に、通りの名前を確認しながら、ゆっくり歩いた。

地図の通り進んでいると、イタリア人街にぶつかった。通りを挟んで両側にイタリアの物産を扱う店やジェラート屋が立ち並んでいる。

戻る途中複合ショップみたいなところがあったので歩き続けた休憩のためにも入ってみた。どこも美味しいそうだったが、早い夕食をここら辺で取りたかったので、賑わっていたジェラート屋で休むことにした。グリーンティのジェラートを食べた。美味しいかった。

夕食も飽きずにまたイタリアン🇮🇹

ジェラート屋で少し、イスに座ったまま眠った。そこを離れ、美味しいそうなイタリアンレストランを見つけながらゆっくりと歩いた。交差点角に少し高そうなレストランを見つけて入った。

本日のスープとあったので、聞いたら、ミネストローネだと言う。それを注文し、次にニョッキを注文した。ソースがいろいろあるらしく、野菜ソースを選んだ。首都圏だと、ニョッキのソースを選ぶということはない。さすが本場物だ。残念ながら、写真撮影に失敗したようだ。